個人的妄想倉庫×運命準備委員会
 スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


 「止められない」
2007年03月02日 (金) | 編集 |
***
 昼間の温室は、暑い。
 分かっていたが、それでも。それでも、この場所が良かった。
 真夏ほどは暑くない気温が、そのうち暖かく感じられるのだろうか。湿気を帯び、土の匂いを孕んだ空気は、そっと密月の頬を撫でた。
 文庫本は、今、182ページを過ぎたところ。
 100ページを過ぎたところで、一度眠ってしまった。
 軽い昼食を済ませ、誰も居ないこの場所で、湿度に身を任せていると、自分も植物になったような気分にさえ、なる。

 濃い、薄い、淡い緑は、世話をする人の丹精を思わせて、それでいて押し付けない。
 それが、密月には心地よかった。

 と、静かな足音。

「……先輩?」

 明るい黒髪が二束に、清楚な印象で結ばれている。
 黒いふちの眼鏡は、彼女を少しだけ硬質に見せたけれど、遠慮がちにかかった声は、確かな、けれど遠慮がちな――彼女らしい親愛が込められていた。それが、密月には心地よい。

「うん。休憩?」

 こくり、と頷かれて。
 当たり障りの無い、けれど気になっていたことを、ひとつふたつ尋ねる。頑張ってはるね、と言うと、肯定ではなく、遠慮でもなく、「頑張ります」という答えが、ゆっくり返ってきた。

 うん、と、頷く。
 先輩は。
 先輩は、大丈夫ですか、と、尋ねられて。それは、密月と彼女――久世悠の間では、少しだけ珍しい会話であったのだけれども、酷く当たり障りの無い、日常の会話として、そんな話題が出て。

 うん、と、頷く。

 ほほえみ、けれど少しだけ俯いてしまって。
 読みかけの文庫本を、ぱたりと閉じて、「頑張る」と。

 分かっている。

 あそこでのことは、告げられないようなこと。
 分かってはいたが、それでも。
 それでも、あの場所が良かった。

 ――分かっているのに。

 そんなことを思いながら、けれど微笑んだ、ある昼下がり。
スポンサーサイト

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。