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個人的妄想倉庫×運命準備委員会
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 「口寂しい」
2007年03月02日 (金) | 編集 |
***
 ――理由が、欲しい。
 いけないものを口にするだけの、理由が。

 宵闇館の、接客室までの道のりで、ふと煙草の匂いが鼻に付いた。

 風の流れだろうか、案内をしてくれた教員の、少しくたびれた――無愛想な印象の背中から、どこかで嗅いだことのある気配が、香った。
 密月は、煙草を口にしない。
 したことがない。
 そんな理由で、ふと、あの煙は、人を魅了するだけの美味を持つのかと、そんな気持ちになる。

「センセイ」
 声をかけたのは、だから、そんな理由。
「――煙草、吸われるんですか?」

 瞬きながら彼を見る生徒を、教師がどう思ったか。
 無精髭の生えた顎の辺りを小さく撫でて、匂うかと問い返す。密月が頷く――「急に済みません」と付け加えて。

「何となし、気になって。吸ってみたいとか思っているわけじゃないんですけれど」
 はは、と、教師は笑う。
 吸わずに済めばそれに越したことはない、という雰囲気の、僅かに自嘲気味の笑い。

「訊いても良い、です?」

 僅かに躊躇い、小首をかしげて、密月が問う。

「……どうして吸わはるんです?」

 ぱちぱちと。
 瞬きながら彼を見る生徒を、教師がどう思ったか。

「癖、かな」
「……」
「咥えてないと、落ち着かない」

 納得した様子ではなく、しかし神妙に頷く密月に、流石に時と場所を選ぶが、と、彼は笑う。
 ぺこりと頭を下げた密月が、「おおきに」と笑う。

「礼を言われるようなことはしてない。――と、ここだ。もう暫く待っていてくれ」

 ぺこりと。
 扉を開けて指し示す教師に密月が頭を下げると、少しだけ長い、蜂蜜の色をした髪が揺れる。もう一度、小さく――消えるような声で礼を言って。

 ――理由が、欲しい。
 これから――口にしたいのは、“いけないもの”だから。

 ぱたりと、極々軽い音で、扉が閉まった。
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