個人的妄想倉庫×運命準備委員会
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 「遠い過去 あのロンドンで」
2007年03月04日 (日) | 編集 |
 ――私はあのひとの“恋人”になりたかったわけではないの――

***
 がたがたと。
 馬車の足音は騒がしい。
 人々の喧騒の中にあって、馬の足音から導き出される音は、尚大きく響いた。
 座席には、女性がふたり。
 主人らしき夫人は蜂蜜色の髪をして、使用人らしい少女は、ぺったりとした黒髪の下、そばかすだらけの顔を、真っ直ぐに――そう、忠実な犬のように、夫人へと向けている。
 主人を案じる、その表情は、決して豊かなものではない。表現に乏しいその顔は、しかし確かに、彼女の主人を案じていた。
「……ごめんなさい。私、そんなに酷い顔をしている?」
 夫人が笑う。
 彼女たちが出逢った時からずっと、夫人は優しい笑顔をしていた。
 いつ、どんなときも変わらずに。
 困ったように、寂しげに――嬉しげに。少女に向けられる微笑は、どれも優しいものだった。けれど今、その優しさが、少女の胸を締め付けている。

 夫人は人妻だ。
 少女は、彼女と、彼女の友人の――道ならぬ恋の手助けをしていた。ほんの僅か。けれど何よりも大きく。
 密会の場所から道を何本も越え、買い物を終えたような顔をして馬車を拾うまで、夫人はずっと笑顔だった。
 車窓から、建物の間から、彼らが同じときを過ごした、あの丘が見えて。
 夫人の顔が、ふと曇ったのを。少女は僅かも見逃さなかった。

「……奥様」

 夫人の手に、少女のそれが重ねなれる。

「あら、嫌だわ。私なら大丈夫よ」
「奥様」
「本当に、――大丈夫なのよ」

 ぎゅっと、少女の手に力が込められて。
 それでやっと、夫人は。頬を伝う涙に気付く。

「嫌ね。埃が入ったのかしら」

 白いハンカチで涙を拭って。困ったように、夫人は笑った。

「……私、今日ずっと、こんな顔をしていた?」

 あの人と会っていた時も。
 そう問う夫人に、少女は首を横に振って見せた。
 夫人は、ほんとうに、心の底から、という、安堵の表情を見せた。

「……そう」
 良かった。夫人は小さく微笑む。

「私は大丈夫」

 優しい女性(ひと)は、少女を抱き寄せて、その頭を撫でた。

「心配しないで」

「……」

 長い長い沈黙。何度も、少女が口を開こうとして、言葉を紡げず失敗していた。その繰り返しのあとで。

「お辛くは、ないのですか」

 ぽつりと、少女が呟く。
 呟いた後、質問の無意味さに、その唇を噛んだ。辛くないわけがないのだ。夫人の周囲は、夫人にとって決して優しいものではない。彼女が周囲に優しいことの、その他意のなさ――優しさの無償を、真に信じ、真に理解しているのは、たぶん。
 先ほど分かれた、あの青年だけだと。少女は思っていた。
 青年は夫人を、真っ直ぐに愛していた。それは少女にも解った。
 夫人もまた、青年を。
 彼らの間にある信頼が、どれだけ真摯で純粋なものであるか。それが、世間からどう邪推されて然るべき関係なのか――少女は間近で見てきたのだから。

 夫人がわずか、目を見開く。
 僅かな驚きのあと――少女の想像にたがわず、夫人は「いいえ」と言った。

「いいえ。けれど、そうね……」

 少しだけ気だるそうに、目を細めて。夫人は窓の外を見る。

「もし望めるのならば、……そうね。私はあの人の家族になりたかった。そうすれば、……あの人の側で、力になってあげることが出来るかも知れない。でも、女のきょうだいでは駄目ね。いつかは嫁がなくてはならないもの」

 妻になりたかった、とは。夫人は言わなかった。

「……奥様」

 夫人は、少女の頭をもう一度撫でる。

「ごめんなさい。寂しい話をしたわね。でも、本当に――感謝しているのよ。お前に出逢えたことも。あの人に出逢えたことも……ここでこうしていることも。例え……」

 夫人の声は、少女に辛うじて届く程度に、小さくなった。

「たとえ、どんな形でも」

「……」

「愛するべき人たちと、同じ時代を生きられることは、私にとっての幸福よ。感謝しているわ」

 夫人は微笑んだ。彼女が愛しむ少女に向けて。

 馬車は揺れる。
 少女の心も揺れた。
 車輪は彼女達を、何処かへ連れて行く――


***
 眩しさに、腕密月(かいな・みつづき)は目を開けた。
 まぶたが少し重い。こすると、睫が濡れていた。眠りながら泣いたのだろうか。夢の内容が思い出せない。鼻先を、何かの香りがくすぐる。おいしそうな。甘いそれ。
 ぼんやりとしたままの頭をぷるぷると振ると、蜂蜜の色をした髪が、柔らかくゆれた。
 辛うじて体を起こす。自分の部屋。自分ひとりの生活の場。
「ミツ」
 けれどそこに、声がかかる。
「へえ」
 それがごくごく自然で――聞き覚えのある声だったので。
 密月は欠片ほどの疑問を抱くことなく、その声に答えた。
「喰うか」
「へえ」
「……コーヒーと紅茶、どっちに、」
「へえ」
「……寝てるだろ」
「へえ?」
「……起きろ」
「……」
「遅刻するぞ」
「…」
 布団の感触が気持ちいい。自分を引き上げてくれる腕も気持ち良い。体中から力が抜けそうになるのを、それが支えた。頬をぱちぱちと叩かれる。
「うー」
 瞼は相変わらず重い。甘えても良い相手だと、本能が囁く。だからその通りにした。
「間違えたか」
 さほど困った様子でもなく、相手は舌打ちした。
「……何を?」
「育て方。君の」
「……うちは何か。あーちゃんにとって、たまごッチみたいなもん?」
「減らず口が出るならいい。とっとと起きて支度しろ」

 ――家族に

「……あーちゃん」
 密月の。
 若葉の色をした瞳が、何度か瞬いて。その先の、黒髪の青年に焦点が絞られる。
 寝ぼけ眼の密月を、軽くあしらっていた男が。その視線の中に、何かを見る。
「どうした」
 テーブルに置いたままだった黒縁の眼鏡が、男の目元に帰る。レンズ越しの瞳は、黒く光った。

「なぁ、うち、あーちゃんのこと、困らせた……?」

 想いが巡る。上手く形として捉えられない。何があったのか。何か、あったのか。……それは、なんだったのか。霞がかった向こう。――想い出の彼方。
 ここではない何処かを探し始めた密月の、その鼻先を。
 男の――穂積あまね(ほづみ・―)の指先が弾いた。

「あたっ」

「いつもだろう」

 マグカップをテーブルに移動させながら、流れるような動きでコーヒーを注ぐ。黒い瞳は、密月を――その向こうを見て、僅か細められた。

「いつものことだ」

「……」

 謝罪の言葉を、密月は飲み込む。
 ごめん、とも、許して欲しい、とも言えない。なぜなら、何が彼を悲しませたのか、何をして彼を困らせたのか――密月には解らないからだ。ただ。
 生まれてから数十年を。共に過ごしたこの男を。

 兄と呼べることは、密月にとって幸福だと。

「あーちゃん」

 そんな気持ちが――湧いて弾ける。

「……おおきに」

「感謝されるようなことはしていない」
「えへへ」
「それはぼくの……」
「ええやん。いただきまーす」
「熱いぞ」
「あひ」
「……」

 朝日が、地上を暖め始めた。そんな中で。
 まるで恋人同士のように、きょうだいは笑った。

***

□PLより:
 宵闇ブログに乗せた奴の完全版です。
 っても、このプラリア自体、別のプラリアへの返歌になっていて、単体で読んでもあんまり……なのですが(スミマセン/汗)。

 密月の前世が、犬王ジョウさん(『メイドの想い出』)の女主人だった、という話から、アレコレ設定が膨らんでゆきまして(以下蛇足)。

 ジョウさん(前世)が毒殺した女主人(=密の前世)と恋仲だったのがあまね(の、前世)だった、という、なんかもうとっても大変な事情です。ホントかな。ホントだったら不倫(=『略奪愛の想い出』)ですが、恋愛関係でありつつも、家族への情に近い印象があって、そのあたりを。書き出してみました。

 しかし、人妻に恋したあまね(前)は、愛した人に先立たれた挙句、毒を盛った犯人の行く末を委ねられたわけで(それがどうなったかは、また別の話)結構しんどかっただろうなぁと――現世で再び会えたと思ったら相手からは忘れられてたり他の男の手垢(囁き)がついてたりで、そりゃもう散々なんですが、それもまた別の話で。

 その、「困らせた」ことを、「いつものことだ」と流す辺りがあまねです。
 流さないと大変なことになるからさ!(笑)
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